研究内容
環境負荷が小さいケイ素を組み込んだ新規な分子の設計、合成、および機能性についての実験研究を通して、
低炭素社会を実現する新しいファインケミカルの開発原理の確立を目指す研究を進めています。
ケイ素の特長を利用した機能分子化学
炭素(C)とケイ素(Si)は、元素周期表で同族の14族元素であるため、基本的な性質が良く似ています。また、炭素は生体分子を構成する主要な元素であるのに対し、ケイ素は岩石を構成する主要な元素であることが良く知られています。すなわち、炭素とケイ素は自然界に豊富に存在し、比較的毒性の小さな元素です。私たちは、おもに炭素(C)、水素(H)、酸素(O)、窒素(N)などで構成される有機化合物に、ケイ素(Si)を組み込むことで、通常の有機化合物には実現困難である高度な機能を持った分子の開発研究(合成法開発と構造物性相関解明)を進めています。
分子機械分子の一部がメカニカルな動きをする分子は分子機械と呼ばれています。生体内には多くの分子機械があるにも関わらず、その機能を人工的に模倣することは現在もなお困難であり、分子機械研究は未だ基礎の段階にあります。私たちは、ケイ素の構造上の特長や固有の反応性を利用して、分子ジャイロコマ、分子シャトル、分子ギアを比較的容易に合成可能であることを明らかにしました。現在、応用を視野に入れた機能開発研究を進めています。
シリル置換π電子系ベンゼンなどπ電子系化合物は、機能を持った有機化合物として知られています。これにケイ素を導入すると、立体的・電子的に相互作用してπ電子系に新たな機能性が付与されます。私たちは、π電子系にケイ素を導入して分子の新機能を開発する研究を進めています。
分子ジャイロコマ
大規模かご型分子骨格の内部に回転する部分が架橋した分子は、構造の類似性から分子ジャイロコマ(Molecular Gyrotop)と呼ばれています。私たちは、この化合物の合成法を確立し、回転子の回転運動に伴う機能性について研究しています。
瀬高 渉・山口健太郎「π電子系が結晶中で一軸回転する分子コマとその製造方法」特許第5235927号.
結晶複屈折変化:分子ジャイロコマ1は、固体(結晶)状態、室温で、ベンゼン環が毎秒100万回転しています。このため、温度上昇とともに結晶内部のベンゼン環の位置が乱れ、結晶複屈折が変化することを発見しました。
文献: W. Setaka, K. Yamaguchi, PNAS, 109, 9271-9275 (2012). doi:10.1073/pnas.1114733109 (朝日新聞で報道されました。) ( プレスリリース)
分子風船:分子ジャイロコマ2は、固体(結晶)状態、室温以上で、ベンゼン環が高速回転します。このため、温度上昇とともに分子のかご構造が膨らみ、巨大な体積膨張を示すことを発見しました。これは、萎んでいた風船が膨らむ変化になぞらえます。
文献: W. Setaka, K. Yamaguchi, JACS, 134, 12458-12461 (2012). doi:10.1021/ja305822e (Nature Chemistry誌でハイライトされました。)
ダイポールローターの結晶内配向の秩序ー無秩序転移:チオフェンを回転子とする分子ジャイロコマ3は、チオフェン環のダイポール(硫黄がー、ジエン側が+に分極していること(0.52 D))のため、結晶内部での配向秩序に興味が持たれます。低温では、秩序ある配向をしているのに対し、高温では環の分子運動のため無秩序配向する結晶相転移の様子を明らかにしました。
文献: W. Setaka, K. Yamaguchi, JACS, 135, 14560-14563 (2013). doi:10.1021/ja408405f
回転子運動の誘電応答観察:下記の分子ジャイロコマは、回転子に大きなダイポールモーメントがあります。この粉末に電極をあて、交流電場を印加してその応答を観察し、結晶内における極性ダイポールの回転運動を誘電応答として観察しました。
文献: M. Tsurunaga, Y. Inagaki, H. Mommma, E. Kwon, K. Yamaguchi, K. Yoza, and W. Setaka, Org. Lett., 20, 6934-6937 (2018). DOI: 10.1021/acs.orglett.8b03087
文献: T. Tsuchiya, Y. Inagaki, K. Yamaguchi, and W. Setaka, J. Org. Chem., 86, 2423-2430 (2021). DOI:10.1021/acs.joc.0c02571
固体誘電蛍光材料:下記の分子ジャイロコマは、回転子に大きなダイポールモーメントがあり、かつ紫外線の照射により蛍光を示します。結晶内でこのπ電子系回転子が回転すると蛍光強度が弱くなることを、固体誘電緩和または固体NMR、および固体蛍光解析により明らかにしました。
文献: D. Hasyashi, Y. Inagaki, and W. Setaka, J. Mater. Chem. C, 9, 8220-2225 (2021). DOI:10.1039/D1TC00808K
文献: R. Yoshizawa, Y. Inagaki, H. Momma, E. Kwon, K. Ohara, K. Yamaguchi, and W. Setaka, New. J. Chem., 47, 5946-5952 (2023). DOI:10.1039/D2NJ05873A
柔軟大環状化合物
柔軟な大環状化合物は、小規模分子では異性体として区別される構造同士の同相変換など特異な構造トポロジー化学を示します。私たちは、この化合物の合成法を確立し、条件に応じた構造変化を研究しています。外部環境に応じた分子構造変化を利用した新しい分子機能性を追求しています。
大環状ジシラビシクロアルカン同相変換観察:in,out-体同士の構造変換を分光学的方法で観察しました。
文献: W. Setaka Eur. J. Org. Chem., 27, e202400206 (2024). DOI:10.1002/ejoc.202400206
文献: W. Setaka, Y. Ikeda, Y. Inagaki, K. Ohara, and K. Yamaguchi, Org. Lett., 25, 7283-7286 (2023). DOI:10.1021/acs.orglett.3c02382
大環状ジシラビシクロアルカンの合成法開発:下記の大環状化合物は、橋頭位置換基の配向の違いによるいくつかの異性体が考えられます。このような巨大ビシクロアルカンの異性体の同時合成法と分離法を開発し、構造の同相変換について考察しました。
文献: Y. Ikeda, Y. Inagaki, and W. Setaka, Chem. Commun., 57, 7838-7841 (2021). DOI:10.1039/D1CC02933A
文献: Y. Tu, Y. Inagaki, K. Ohara, K. Yamaguchi, and W. Setaka Org. Biomol. Chem., 22, 6950–6954 (2024). DOI:10.1039/d4ob01143k
大環状ジシラシクロアルカン合成法開発:大環状化合物は、柔軟な構造を持つため、一般には選択的合成が困難です。ジヒドロキシベンゼンを鋳型とする高効率の合成法を開発し、巨大大環状化合物の構造化学を明らかにしました。
文献: Y. Tu, Y. Inagaki, E. Kwon, and W. Setaka, Chem. Lett., 50, 1397-1399 (2021). DOI:10.1246/cl.210234
14族元素の特長を生かした分子かさ歯車
ジトリプチシルメタンは2つのトリプチセンが嚙み合って回転する分子かさ歯車として知られている(M = C: H. Iwamura and K. Mislow, Acc. Chem. Res., 1988, 21, 175–182.)。私たちのグループでは、架橋元素を炭素と同族のケイ素、ゲルマニウム、 およびスズとした化合物を合成し、これらの元素の特長を生かすことで、ギア回転の運動制御を行いました。
文献: M = Si: W. Setaka, T. Nirengi, C. Kabuto, and M. Kira, J. Am. Chem. Soc., 2008, 130, 15762-15763. DOI:10.1021/ja805777p
文献: M = Ge: K. Okamura, Y. Inagaki, H. Momma, E. Kwon, and W. Setaka, J. Org. Chem. 2019, 84, 14636-14643. DOI:10.1021/acs.joc.9b02214
文献: M = Sn: S. Hosono, Y. Inagaki, and W. Setaka Org. Biomol. Chem. 2023, 21, 4781-4787. DOI:10.1039/D3OB00666B